松平民部大輔(徳川昭武)は慶応3年パリで開かれた万国博覧会に15代将軍慶喜の名代として派遣されました。高松凌雲は昭武の随行医師として同行しました。
慶応3年3月1日フランスのマルセイユ港グランオテルにて撮影
前列左から、英国通訳シーボルト・保科俊太郎・山高石見守・伊坂泉太郎・徳川昭武・菊池平八郎・向山黄村・田辺太一・仏国領事デューリー
後列左から、渋沢栄一・山内文次郎・高松凌雲・木村宗蔵・服部潤次郎・皆川源吾・加治権三郎・大井六郎左衛門・三輪端蔵・杉浦愛蔵・山内六三郎・生嶋孫太郎・日比野清治・箕作貞一郎